芸術とファッションと思想

芸術とファッションと思想というのは考察するのにとても面白い題材であると感じます。
最近話題になっていた愛知トリエンターレでの天皇陛下や特攻隊を蔑むものや慰安婦像、あれは果たして芸術なのかという問題ですね。

その答えを出すには「芸術とはなんたるか」と突き詰めて考えなければなりません。そして芸術とファッションは密接であって、レオナルドダヴィンチと同世代に生きたルネサンスの二大巨匠と言われるミケランジェロも、マキャベリの依頼により軍服のデザインを引き受けました。軍隊を作るに人が集まらなければ作れず、軍隊が行う戦争というのは国民の支持がなければ継続できない事から、軍服というのはとても魅力的にしなければならなかったのです。

ミケランジェロは気難しい事で有名な芸術家で、雇い主である王様とも喧嘩をしてしまうような人なので、仕事を頼んだマキャベリも気が気でなかったと思いますが、フィレンツェ軍の軍服は無事に完成し、軍の編成も無事に完成しました。このように、芸術とファッション(流行)と社会情勢や、政治思想というのは意外と密接に絡んでいるのですが、愛知トリエンターレに照らし合わせるとどうでしょう、その芸術家や、その芸術家を選択した人の思想はつまり「反日思想」であったのは確かです。戦争をした日本が許せない、その戦争を許可した天皇が許せないという思想が芸術になりました。

しかし、芸術とは人に不快感を抱かせるものなのかという点を考えると、思想的に「果たしてこれは芸術と言えるのか」という疑問があります。そして、「ただ写真を燃やしただけ」「ただの慰安婦像」が果たして技術的に芸術と言える領域に入るのかという「技術的な問題」があるのではないかと感じます。芸術というのは何も技術が無くてできるものではなく、ただその辺のものを持ってきて人に嫌がらせをすれば良いというものでもないわけです。

芸術とはなんたるか、芸術とは、表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動。という事になっています。また、解釈はそれぞれあるのですが、日本では「芸術は爆発だ」と言った岡本太郎が有名ですね。その表現物を見て、悲しい気持ちや嬉しい気持ちや怒りや安心感などといった、見た人々の精神的な感覚を震わせるもの、という定義で良いのではないかと思います。

身に着ける衣服や財布やバッグというのも、それを見た人が威圧感を感じたり、その対象の人物を可愛いと感じたり、持っているもの、着ているもので相手を見て感じる印象というのはずいぶん変わるものです。例えば着物を着て居たら女性なら美しいと感じますし、男性で見た目が怖かったらヤクザかなと威圧感を感じたりするわけですね。こういう意味で芸術とファッションもとても密接な関係にあり、その人のファッションの方向性、つまり思想というのも社会情勢に影響をされているのです。

この「反日思想」「日本に嫌がらせをしてやろう」という思想も一部でファッションになっています。どうしてこんな事をするのだろうと思うのですが、一部に日本がどうしても嫌いだという人々が居るようです。近年、安倍首相が就任にしてから日本では「右傾化」が叫ばれてきましたが、最近では「愛国心」というものを口にする人々も増えてきた気がします。一時期は愛国心などと言えばすぐさま右翼扱いされたものですが、それが最近の思想的なファッションなのでしょう。