日本の皮ファッションの歴史

日本の歴史と言えば古事記から始まりますが、そこには神道の神話と現実の歴史の境目が非常にあやふやになった、若干宗教色の強いものになっています。
その神道の神話の中で最も重要な神様が、天皇陛下の先祖であるとされる天照大御神です。
夫婦神であるイザナミとイザナギは次々と神産みをしていきますが、炎の神である火之迦具土神を産んだ時、イザナミの体も焼けてしまい、結果的にイザナミは死んでしまいました。
死んでしまったイザナミを心配し、イザナギは黄泉の国までイザナミを迎えに行きます。そこで見たイザナミの体が腐敗していて恐ろしいものになっていたため、イザナギは黄泉の国から逃げようとしました。自分を見て逃げた事で、イザナミはイザナギに辱めを受けたと思い、醜いヨモツシコメにイザナギを追いかけさせます。イザナギは神聖な清めの力がある桃の木を偶然に見つけ、桃をヨモツシコメに投げながら現世に帰ってきました。

現世に戻ってきたイザナギは、黄泉の国へ行って体が汚れてしまったために、禊ぎを行いました。その禊ぎを行った時、イザナギの両目と鼻から、天照、月読、素戔嗚の三皇子が生まれたとされます。こうして神道では、死に近いものや死を匂わせるものを汚れとして扱うようになりました。

こういった習慣が近代日本にまで残って居たために、日本では死の匂いがする皮産業は汚れた仕事と考え、皮製品は生産せず、基本的に輸入に頼ってきました。それは戦国時代でも平安時代でも、鎌倉時代でも同じです。そのために、日本というのは皮産業が遅れ、皮のファッションも後進国であると言えるのかもしれません。この皮産業は、日本に全くなかったわけでもなく、一部の地域の人々だけが行ってきました。それが現代の部落問題に繋がっていますが、もし、こういった皮は汚れているという概念がなかったとすれば、日本の皮ファッションは欧州のように発展していてもおかしくなかったのではないかと勝手に妄想し、非常にもったいない事だとも感じます。ただ、その皮産業を忌み嫌ってきたからこそ存在する、日本の神道文化、神社文化なども存在しているため、日本文化を愛している私としては、一長一短なのかと諦めている次第です。

その代わりといってもなんですが、日本に日本の漆文化や着物などの染め物文化、刀剣も一種の美術品ですから、そういったファッションも存在しているのは確かです。これからは日本文化のファッションもどんどん紹介していきたいなと考えています。